塞翁が馬

塞翁が馬(さいおうがうま)。中国のことわざです。小学校6年生の時に、担任の先生から習ったことわざです。

塞翁とは、昔、中国の(とりで)に住んでいる老人()のことをいい、その塞翁が唯一の財産であったにまつわることわざを「塞翁が馬」といっています。こんな話です。

ある日、塞翁が大切にしていた馬が逃げてしまいました。村人たちは、塞翁が残念がっていると思い慰めに行きました。しかし、塞翁は、村人に「これは、きっといいことが起こるきっかけになるかもしれない」と言いました。

数日後、逃げた馬が、もっと立派な駿馬を連れて戻ってきました。村人たちは、塞翁が喜んでいると思いお祝いに行きました。しかし、塞翁は、村人に「これは、災いになるかもしれない」と言いました。

塞翁の息子が駿馬に乗って遊んでいると、落馬してしまい骨折しました。村人たちは、お見舞いに行きました。しかし、塞翁は、村人に「これは、幸いになるかもしれない」と言いました。

それから間もなく、隣国と戦争がおきました。村の若者は皆戦地に行き戦死してしまいました。息子は骨折していたため徴兵を免れ命拾いしました。

こんな話なんです。幸せに思えることが後に不幸になることがあり、またその逆もあるという教訓です。また、村人のように一喜一憂するのではなく、塞翁のようにどっしり構えるということも同時に教えてくれています(とらえ方によっては偏屈じいさんじゃないかと思うのは私だけだと思いますが(笑))。

繁忙期がおわりました。会社の業績、コロナ禍による色々な変化などがありました。塞翁が馬のことわざのように、一喜一憂せずに、悪いことは良いことが起こる前兆だと思い、良いことについては、浮かれずに悪くなるかもしれないと気を引き締めて、繁忙期を総括し新年度に突入と行きたいところでしょうか。